忍者ブログ

長いお別れにむけて

天国のドアを叩いて

ネクタイが風にひらめく。その風はもうすっかり夏のにおいで、生まれてから二十数回めの夏がやってきていることを知る。



昨日の夜遅く、友人が泊まりにきた。こちらに来ているというので、じゃあうちに泊まったらいい、とわたしは言った。いつだってわたしたちは無計画だ。友人を迎えに行く時間ぎりぎりまで映画をみていた。海にまつわる映画だった。海とたばこ、テキーラと塩とレモン、そして病。天国では海について語り合うのが流行なのだとその映画のなかでは語られていた。それなら、と思う。それならわたしには語るべき海の話がいくつもあるから、心配いらない。



友人がやってくる。なんということはない話ばかりする。高校生のときからちっとも変わらない。そして、二人で行った海の話をする。テトラポッドまで泳いでひとでをとったこと。わたしは思い出し始める。制服の下に水着を着て夏期講習へ行き、帰りにそのまま海へ行ったこと。帰りはびしょぬれのまま自転車をこいで、友人の家に行ったこと。それから、もう少し最近のこと、友人の運転する車で冬の海に行ったこと。大きな風のなかで二人で思いっきり笑ったこと。雪の積もった海辺の公園ではしゃぎまわったこと。



友人と次に行く海の話をする。わたしたちは海の側で生まれ育った。たとえばわたしが海から遠い場所に暮らしたとして、わたしという人間と海とは切り離されたりはしない。わたしのなかにはわたしの海がある。友人には友人の海があるのだろう。だからわたしは眠る前に聴く高速道路を走る車の音が海鳴りに聴こえて、それで安心して眠りに落ちる。わたしたちは海について飽くことなく語り、何度でも海に向かう。



じゃあまた今度、と言って別れたあとで、わたしのネクタイが東京を吹く夏の風にゆらめいた。海へ行こう、天国では海の話をするのが流行りなんだ。



PR

コメント

プロフィール

HN:
手羽先700
性別:
非公開

最新記事

P R