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長いお別れにむけて

スワロウテイル

小さいころ、とにかく何かを手放すことがおそろしかった。なんでも手元に置いておきたかったし、そうして様々なものを溜め込んでいた。わたしの部屋はがらくただらけだった。今はどうかと言うと、わたしはもう失うことに対しておそろしいなんて感情は抱いていなくて、それどころか手放すことで安堵さえしている。どれだけ大切で、すきなものだとしても、それが壊れてしまったとき、あるいは手放さなければならなくなったとき、安心している。もう好きでいる必要はないのだと、そんなことを思っている。薄情だとか、そういうことを他人に言われることもある。きみにはやさしさが足りないよ、と何人もの人間がわたしに声をかけた。それは親しい人であったり、全く知らない人もいた。そうですか、としか言いようもなく、そう言われたからと言って自分を変えていこうとするわけでもなく。そうしてわたしはあらゆるものを失ってきた。



夜中にひとりで岩井俊二の『スワロウテイル』を観た。中学生とか高校生のときに小説だけ読んだことがあった。大好きな渡部篤郎が出演していて、ひとりで、わー、若いなー、かっこいいなーと呟いた。テキーラをストレートでなめながら。あの頃読んだ『スワロウテイル』は生まれた家に置いてきていて、それを両親も読んだらしい。DVDレンタル出来るようになったよ、と教えたらとても喜んでいた。



まるでわたしが失っても悲しくないかのように言ってきたけれどそんなことはない。やはり大切なものを手放すことは悲しいしさみしい。同時に安堵する、というだけで。『スワロウテイル』を観終えて、部屋をぐるりと見回す。わたしはこの部屋のなかにあるすべてのなかで、失ったらもう生きていけないというくらいのものを見つけただろうか。




拍手ありがとうございました。
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