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長いお別れにむけて

あだゆめ

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あだゆめ

前髪が、一本、焦げた。



東京で働き始めて二年半ほどになる。金曜日の夜中の雑踏にも慣れて、ぶつかり合う傘と零れる水滴にげんなりしながら改札へ向かう。ごちそうのお披露目が咲いているのを見ない振りをして足早に。イヤホンは欠かせない。誰かがわたしの耳から侵入してこないように。人の目を見ない。誰かの悪意を受け取らないように。電車に乗ったら本を開く。わたしの小さな世界に踏み入られないように。腹にある大きな傷跡を見せないように。車内にひときわ大きな笑い声が響いて、一瞬だけ目を上げた。そして文字列に落とす。いやだな。もういやだな。そんなことばかり考えないように、文字列から必死に、風景を、光景を、立ち上がらせる。電車の揺れは心地よい。そうやって運ばれていくのは嫌いではない。家までの道のりは長くない。家々の前を通り過ぎるたび、センサー式のライトがわたしを捕捉する。石鹸のにおい。味噌汁のにおい。何かを焼くにおい。どれも無視して、わたしは猫が待つ家に帰る。なんの匂いもしない家に帰る。部屋の中に干された洗濯物が草臥れて見える。わたしの目が草臥れているからだろう。買ってきたお酒を開ける。猫たちがわたしに触れる。猫を撫でる。そういう日常はいとも容易く壊される。もしかしたら明日にでも終わりになるかもしれない。



前髪が、一本、焦げた。猫たちがすやすや眠るのを眺める。明日には終わるかもしれない。腹にある大きな傷跡をなぞる。この部屋は狭い。秘密基地みたいで落ち着くけれど。雨の音が響く。ラジオは、今日はつけないでおく。疲れた。



・ 拍手ありがとうございます。
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手羽先700
性別:
非公開

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