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長いお別れにむけて

微熱の文学、あるいは音楽

熱のあるときにはいつも村上龍の小説を読んでいる気がする。熱のないときだって、読んではいるけれども。今日は恋愛短編選集の『とおくはなれてそばにいて』を読んで過ごしていた。時々、自家通販の支度をしながら。この本に入っている恋愛小説はどれも読んだことのあるものだ。



わたしが初めて村上龍の小説を読んだのは、多分中学生のときだったと思う。『限りなく透明に近いブルー』を読んだのだった。母親に、ひどいよ、腐ったパイナップルとか、自堕落な人しかいない、と言われて興味を持った。それから古本屋に行くたびに村上龍、の棚差しプレートを探して、読んだことのない小説を購入した。その頃出会った村上龍作品で、今も村上龍作品のなかで一番好きなのが『共生虫』。この話はまたいずれどこかで。



三年ほど前に、また村上龍の小説を読み始めた。人から貸してもらって。多分もうほとんど読んでいると思う。近所の図書館に所属されている村上龍の小説は、ほぼ、読んだだろうな。エッセイはあまり追えていないけれど。よく、冗談でムラカミならハルキよりリュウが好きだ、と言うくらい、好きな作家だと思う。ちなみに恋愛小説よりも人がばんばん死ぬような小説が好きです。



微熱のときに読んだ本や、微熱のときに聴いた音楽というのは、いつまでも身体のなかに残る。夢と現実の間で、マーブル状に、どちらにも混ざり込んでいく。学校を休んで、布団のなかで読んだ『雪国』、ある人がかけてくれた辻隼人の『牝牛』、何故だか枕もとにある村上龍。わたしはよく体調を崩すので、そうやって身体のなかにひっそりと残っている小説や音楽はもっとたくさんあるのだけれど。それらはちょっとばかり熱を持ったまま、わたしのなかに溶けている。




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